近年、「プライベートカンパニー」や「マイクロ法人」と呼ばれる法人を使って税金や社会保険料を削減する手法が注目されています。
不動産投資事業は個人でも法人でも行うことができますが、どのようにすれば経費や控除を漏れなく計上して課税対象金額を低く抑えそして納税額を下げられるのか、また個人と法人ではどのような違いがあるのかについて幾つか例を挙げて説明します。
個人事業(青色申告)と法人は何が違うのか?
不動産投資事業を個人事業主として行うのと法人として行うのとではどんな違いがあるのでしょうか。以下の表をご覧ください。(なお個人事業5棟10室基準をクリアし、青色申告をしているものとします。)
一方で、事業的規模に満たない方が行う白色申告は帳簿が簡便で申告までの手間が少ないのが特徴です。ただし、青色申告(10万円控除)も簡易簿記でOKなため、5棟10室の事業的規模を満たしている人が白色申告をするメリットはほぼありません。
この基準を満たして、青色申告を行うことにより個人事業主でも大きな節税効果が期待できます。
下記の表を見ていただくと、個人事業主より法人の方が税制面で優遇される場合が多いことがわかります。
個人事業者(青色申告) |
法人(資本金1億円未満)
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確定申告の方法 | 全事業者の事業年度は 1月1日から12月31日 |
1年の区切りであれば
事業年度は自由に設定 |
税務(赤字の繰越) | 3年間 | 9年間 |
経費(生命保険など) | 上限12万円の控除 |
法人名義の生命保険料を経費計上できる
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税率:所得税と法人税 | 所得税:5% ~ 45% |
法人税:15% ~ 23%
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健康保険 | 国民健康保険 | 社会保険 |
年金 | 国民年金 | 厚生年金 |
※上記の税率は概算であり地域やその他の条件によって変動しますので、ひとつの目安としてご参照ください。
法人化するメリットは?
法人化するメリットは主に以下の3点です。
- 節税がしやすくなること
- 相続や事業継承で有利になること
- 信用力アップにつながること
節税がしやすくなる
① 法人税と所得税との違い
個人事業者は所得が上がるにつれ所得税率が上がり、課税所得(収入から経費や控除を差し引いた額)が900万円以上1800万円未満で33%、1800万円以上4000万円未満で40%、4000万円以上で45%と非常に税金が高くなります。
一方で、法人の場合は、資本金1億円以下であれば、所得800万円以下で15%、800万円超で23.2%と比較的低めの水準です。
② 所得分散が利用できる
法人化することで家族に給与を出したり、法人にお金を残して運用したりすることも可能になります。個人事業主でも専従者給与として、給与を出すことが認められていますが、不動産賃貸業の場合、専従者に任せることができる仕事があまり多くないことから、その金額も多くありません。
例えば所得2500万円の個人事業主と法人化している場合を比べると以下のようになります。
個人事業主で所得2500万円(専従者給与月8万円と仮定)を得た場合には以下のような税金や保険料がかかります。
所得税:595万円
住民税:220万円
国民年金:20万円
国民健康保険:82万円
→手取り1485万円 +専従者給与96万円=1581万円
役員2名で1000万円ずつ役員報酬を得ると、以下のようになります。
所得税:84万円
住民税:64万円
厚生年金:71万円
健康保険:49万円
雇用保険:3万円
→手取り729万円×2=1458万円
さらに、法人に残した500万円は退職金原資として運用することで、法人税を最小限に抑えることも可能です。
③ 退職金を積み増しながら節税ができる
給与所得より退職所得の方が税金が安くなる(半分以下)ため、退職金を準備するという方法は大きな節税につながります。
個人事業主の場合、退職金目的で利用できる制度は小規模企業共済や倒産防止共済などに限られていますが、法人であれば、法人の役員や社長を被保険者として法人名義で生命保険に加入することで、退職金を積み増すことが可能になります。
法人保険は徐々にその節税効果が減ってきていますが、2021年現在加入できる退職金目的の保険(長期平準定期保険)でも、その保険料の40%程度を損金計上できる商品は多くあります。それらを上手に活用することで、法人税を減らしながら、法人で資産を築くことができるのです。
相続や事業継承で有利になる
事業承継の場合でも基本的には株式の譲渡と名義書換によって株式を所有すれば不動産の名義は法人のまま変わらずに間接的に不動産の移転が行えます。個人所有の場合のように、現金を用意して登記名義を移す方法をとることなく株式の譲渡のみで完了するので、法人化によって不動産の分割が容易になります。
また未来の相続人である役員に毎月役員報酬を渡すことで一種の生前贈与を行うことも可能です。(この役員報酬には贈与税はかかりません)
さらに、会社の価値が低い時期に株式を贈与することで、暦年贈与(年110万円)の範囲内で贈与税をほとんど負担することなく生前贈与を完了させてしまった事例も多数存在します。
信用力アップにつながる
法人化すると、個人事業主の場合よりも、金融機関からの信用が得やすくなります。
そして順調な実績を積み重ねていけば、融資枠は大きくなっていくので事業の規模も無理なく大きくしていけるでしょう。
また法人は個人とは違って寿命の概念がありませんで、ローン完済までの年数は個人の場合より幅を持たせることができます。
法人化するデメリットは?
法人化のデメリットは以下の通りです。
- 法人設立の手続きが必要:設立に手間と時間と費用がかかる
- 法人の維持費がかかる:会計業務など複雑な業務を専門家に任せる費用がかかる
- 税金が0円にはならない:赤字でも法人住民税(約7万円)がかかる
コストと手間が増える
法人の設立にかかる手間と時間と費用についてですが、会社の設立は発起人が1人でも少額の資本金でもできますが、設立に関する書類などの手続きを自分1人で完結させるのは簡単ではありません。大体の場合は司法書士の指示通りに書類を集めて手続きを依頼し手続きが完了するのを待ちます。期間は2週間前後、株式会社の設立費用は20~25万円程度です。 設立費用は一時的なものですが税理士へ継続して顧問を依頼する場合には毎月顧問料がかかります。
顧問料の目安は年間の取引金額が1,000万円未満の法人で毎月2~3万円程度。それに加えて毎年決算のための費用がかかります。
さらに、赤字でも発生する税金が存在するのも法人ならでは。法人の場合法人住民税の均等割部分が約7万円と、赤字でも約7万円の税金は発生します。
法人化を検討すべきタイミングとは?
法人化すると節税や相続等で有利など様々なメリットがある一方で、個人事業よりも手間やコストがかかるというデメリットが存在します。それらを比較して法人化すべきかどうか判断することになるのですが、今回は法人化を検討すべきタイミングの目安を4つ解説します。
① 課税所得が900万円、または1800万円を超えた時
課税される所得金額 | 税率 | 控除額 |
1,000円~1,949,000万円まで | 5% | 0円 |
1,950,000円~3,299,000円まで | 10% | 97,500円 |
3,300,000円~6,949,000円まで | 20% | 427,500円 |
6,950,000円~8,999,000円まで | 23% | 636,000円 |
9,000,000円~17,999,0000円まで | 33% | 1,536,000円 |
18,000,000円~39,999,000円まで | 40% | 2,796,000円 |
40,000,000円以上 | 45% | 4,796,000円 |
上の表のとおりこのタイミングは他の区分よりも税率の上昇幅が大きい、つまり法人化による節税効果が高いタイミングだと言えます。
② 法人で不動産の融資を受けたい場合
法人として銀行の融資審査を通過するには法人の3期分の黒字の決算書が必要だと言われています。法人化してすぐには融資の審査を通すのは難しいため、将来的に法人で融資を受けたいと考えているのであれば、早めの段階で法人化を検討する必要があると考えられます。
③ 不動産賃貸業を本業にするタイミング
不動産投資事業を本業にし、更なる事業拡大を望むのであれば、税金面や資金調達において有利になる法人を検討すると良いでしょう。
④ 事業継承することが決まったタイミング
事業承継を決めて今の代表者がご存命の間に次期後継者へ自社株式を非課税枠内(年110万円まで)で毎年贈与していくと、例えば10年で1,100万円分の株式を贈与税非課税で渡すことができます。この手法のデメリットは時間がかかること。毎月同額を贈与すると追徴課税のリスクがあるため、時期や金額をバラバラにするなどの工夫も必要です。
会社の価値が低いうちに贈与を行った方が早く生前贈与を完了させることが可能です。もし、事業継承が決まったら、早い段階で法人化を検討するのがお勧めです。
法人化の話を進める前に考えておきたいこと
法人化の話を進める前に、誰が代表者になるか?どのような出口を想定するのかを考えておく必要があります。
① 法人の代表を誰にするか?
自分が代表者となる場合は、個人事業主の時と経営感覚はほとんど変わりませんので法人への移行はスムーズです。
人格が個人から法人に変わりますが実質の支配者は同じなので金融機関からの評価も以前の実績を考慮してもらえる場合もあります。
所得分散や退職金制度などを活用することで節税が可能です。
自分がまだ給与所得を得ながら副業のような状態で不動産投資事業をする場合には配偶者が代表の法人を作るケースがあります。
この場合は、配偶者は代表者になることで扶養から外れますので、その分配偶者の税金や社会保険料の負担が増えます。また、実質的な運営は自身で行っていた場合、副業禁止規定に抵触し処分を受けたという事例も存在しますので注意が必要です。
子が法人の代表となると、継承という面では非常に有利になります。ただし、18歳未満である場合は、社会通念上避けた方が良いでしょう。
② 法人の出口戦略
法人を設立する前から、その出口戦略を考えておくことで、予防できる失敗が存在します。
例えば、役員が受け取れる退職金には上限があることをご存知でしょうか?
退職金(上限)は以下で求めます。
※功績倍率は社長の場合で概ね3倍程度とされています
退職金を準備する際には、予めこの上限を意識しておくことが大切です。
また、事業継承する可能性があるのか、法人を売却する可能性があるのかなどによっても取るべき戦略は違ってきます。
法人化すべきか総合的に判断しよう
会社を設立するだけであれば難しくはありませんが、個人事業から法人になると法律上の取り扱い、金融機関からの評価、税法上の課税ルールなど様々な変化を伴います。しっかりと運用してメリットを享受するためには戦略が必須です。ご自身が今後不動産投資事業をどうしていきたいのかをよく考え、それに最も適した状態は何なのかを信用できる専門家から確かな助言を得ながら判断していきましょう。
専門家がうまくまとめた資料やセミナーなどを積極的に活用して、時には頼る(外注する)くらいの姿勢を持っておかれた方が、結果的には本業に対する時間や熱量を損なわずに事業を継続していけるのではないでしょうか。